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シャルロット・フォーエバー
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シャルロット・フォーエバー

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なぜ人は写真で笑うのか

子供の頃から集合写真の「笑って!」は、
なぜみんな瞬間的に笑えるのだろう...と
笑顔が作れない私は写真が嫌いになった

写真で歯を見せて笑うようになったのは100年くらい前。それまで写真はフォーマルな場面のみの記念的なもので(海外だと故人を偲ぶ手段として死体を生きてる様に見せて撮る習慣もあった)写真に映る姿は、格式高くあるべきという習慣だった。私の下手な笑顔は不気味な表情となり、高校ではモナリザと呼ばれた。
シャルロットゲンスブールのぎこちない姿を見た人々が甲論乙駁であるのも頷ける。54歳まで駆け抜けてきた彼女の人生に、また強く共感した。

はじめて彼女を知ったのは35年ほど前、深夜1:15のテレビで、映画「シャルロットフォーエバー」が放送されていた。この時代は深夜のテレビはモザイクだらけのヨーロッパ映画が沢山放送されていて、自ら事故に遭う様な気持ちで夜更かしをしていた。痛々しく幼い表情のシャルロットの自然体に驚いたし、オチのない愛憎劇や不条理な結末を理解することができなかった。
だがほどなくして私は深夜90分間だけ成人することになり、いつのまにかフランスとイタリア映画が私を育ててくれたような気さえした。

この15年くらいのシャルロットはハリウッド女優が躊躇しそうな凄まじい役に憑依し、まさに作品の一部となっていた。それを観たわたしはガッツポーズをした。

積み上げてきた揺るぎない自信と芸術家としての使命感が彼女に火を点けた。家族という重い鎖を断ち切り、新たな自分を世界に産み落とした瞬間だったように思う。

シャルロットとジェーンバーキンの関係は一般的には良好に見えるかもしれない。でも私には、ジェーンバーキンはずっと子供のような人で、母子関係より距離のある関係にみえた。ジェーンは揺るぎないファッションアイコンであるし、表現者として多様な活動をしてきたけど、衝撃的な事をやってのける破天荒で人をハラハラさせる人だと感じていた。(ジェーンの喘ぎ声が入ったレコードは当時放送禁止、オリーブ少女が失神しそうな映画ジュテームモアノンプリュ、ヌードは毎回当たり前)成熟せずに枯れていく姿に誰もが憧れた。

それと対局に、シャルロットは幼少期すでにセザール賞を受けたことに甘んじず、演者として職人のような弛まぬ努力を日々重ねてきたように思える。両親が著名である故、心の安定を保つ難しさを誰よりも知っていた。睡眠薬を飲まずには眠れない母とタバコと酒がないと生きられない父。強い光と影を纏って生きるその姿をいつでも近くから見守っていたと思う。

これは想像でしかないが...
女優であるためにはシャルロットゲンスブールを捨てて、ひとりの女、母、人間であることを確かめる必要があったのだと思う。装い誤魔化すことのない時間が、彼女を自立した芸術家にしたのではないだろうか。

自分を苦しめた過去やトラウマは、記憶の海辺に置いていけばいい。いまを手に入れた自分であるために大切だったものこそ、手元にあるのが恐ろしくなることがある。見えなくするために捨てるのでなく、風や砂にさらわれて、日々少しずつ削れて小さくなっていくのをゆっくり見届けて、時間を味方につけて成長していくのだ。


今でも笑顔が苦手なあなたがこの世界にいて良かった。


ありがとう、C